テストの答案を見ていると、解けるはずの問題を落としている子がいます。計算ミスでも知識不足でもありません。問題文を途中までしか読まずに、選択肢を勘で選んでいます。
最初に「難しい」「どうせできない」と決めてしまい、考えないまま答えを書いているのです。
この「難しい」は、たいてい問題文を読み終える前に決まっています。
米ミシガン大学のソンとシュワルツが2008年に発表した実験では、同じ運動メニューの説明文を、大学生の半数には読みやすい書体で、残りには筆記体のような読みにくい書体で見せました。所要時間の見積もりは、読みやすい書体で8.2分、読みにくい書体では15.1分と、ほぼ2倍になりました。日課に取り入れたいという気持ちも、読みにくい書体のほうが低い結果でした。運動の中身は同じです。
人は、読みにくさをそのまま課題の難しさとして受け取ってしまいます。書体を変えただけでこれだけの差が出るのですから、長い問題文や見慣れない言葉を前にした中学生が、中身を確かめる前に「無理だ」と感じても不思議はありません。
厄介なのは、考えずに選んだ答えが、ときどき当たってしまうことです。
4択の問題なら、読まずに選んでも4回に1回は当たります。10問あれば平均2.5問は正解し、答案には○がつきます。勘で当たった○は本人も親も見直さないので、考えずに答える癖だけが残ります。
では、考え始められる子は何が違うのでしょうか。私は、「最初の一手」を持っているかどうかの差だと考えています。
数学者のポリアは著書の『いかにして問題をとくか』で、問題を理解するための問いとして
・「未知のものは何か」
・「与えられているもの(データ)は何か」
・「条件は何か」を挙げています。
どれも、答えを出す前に問題文へ戻るための問いです。成績の良い子は、求めるものを確かめる、条件に線を引く、図をかくといったことを、意識せずにやっています。だから手が止まりません。
最初の一手を知らない子にとって、問題文は入口のない壁です。
壁の前で粘れと言われても、何をすればいいのか分かりません。見た目で「無理だ」と感じ、入口も見つからなければ、考えるスイッチは入りません。これを「やる気がない」で片づけると、原因を見誤ります。
演習中、手が止まっている生徒に、私はいきなり解き方を説明しません。まず「この問題は何を聞いている?」「分かっていることは何?」と問い返します。
それでも進めなければ、要点だけを短く伝えて、また本人に解かせます。答えを先に言えば、その場は早く進みます。けれど、「待っていれば教えてもらえる」と覚えた子は、次の問題でも考える前に手を止めます。
これを、自分から問題文に戻れるようになるまで、問題が変わるたびに繰り返します。粘り強さが要るのは、生徒よりもむしろ教える側です。
もちろん、本人に「成績を上げたい」という気持ちがあっての話です。考える気そのものがなければ、どんな問いかけも届きません。ただ、伸びたいのに問題を前にすると止まってしまう子なら、その止まり方は変えられます。
お子さんが「分からない」と言ったら、問題文を最後まで読むだけの時間がたっていたかを見てください。読み終える前の「分からない」は、理解の問題ではありません。考え始める前に下した判断の部分が大きいのです。
那須塩原市西那須野 本松学習塾 塾長のブログ
今の勉強法で伸びない理由を、短時間で整理します

