怠けている生徒と聞いて、どんな姿を思い浮かべますか?
机に向かわない、ゲームばかりしている、宿題をやらない。
おそらくそんなイメージではないでしょうか。
しかし私は、まったく別のタイプの「怠け」を日常的に目にしています。それは、毎日机に向かい、ノートを取り、宿題も提出している生徒の中にあります。
「先生がやれと言ったからやる」「みんながやっているからやる」。
こうした生徒は一見真面目に見えます。
しかし、自分の頭で何も考えていない。なぜその勉強が必要なのか、自分はどこでつまずいているのか、どうすれば効率よく覚えられるのか。そういった問いが一切ない。
与えられたことを与えられた通りにこなすだけ。これは「作業」であって「勉強」ではありません。そして作業に逃げることは、実は非常に楽なのです。
仕事において「上司に言われたからやりました」「マニュアル通りにやりました」だけで成果が出るでしょうか。自分で課題を見つけ、自分で工夫し、自分で改善する。それができなければ、いくら長時間働いても結果は出ません。勉強もまったく同じです。
問題集を三周やった、と胸を張る生徒がいます。しかし一周目で間違えた問題を、なぜ間違えたか分析せずに二周目に入る。二周目でまた同じ間違いをして、それでも三周目に突入する。回数をこなした達成感だけが残り、実力は何も変わっていない。本人も自覚がないことが多いですが、これは勉強しているふりをして怠けてのと変わりありません。
厄介なのは、この手の怠けが周囲から見えにくいことです。机に向かっている時間は長い。ノートは埋まっている。宿題も出している。
だから保護者も「うちの子は頑張っている」と思ってしまう。本人すら自分が怠けているとは気づいていない。むしろ「こんなにやっているのに成績が上がらない」と被害者意識すら持っていることがあります。
なぜこうなるのか。それは「考える」ことが「作業する」ことよりずっと苦しいからです。
言われた通りにやるのは頭を使わなくていい。決められた手順をなぞるだけでいい。
しかし「なぜ自分はここで間違えるのか」「この問題と前の問題の違いは何か」と考え始めると、脳に負荷がかかる。
その苦しさから逃げるために、人は思考を止めて作業に没頭します。
成績が伸びる生徒は、勉強時間の長さではなく、頭を使っている密度が違います。
同じ一時間でも、「なぜ」「どうすれば」と考え続けている生徒と、ただページをめくっている生徒では、得られるものがまるで違う。
前者は一時間で三時間分の成果を出し、後者は三時間かけても三十分の価値しか生み出せません。
お子さんが机に向かっているとき、安心するのは早いかもしれません。
問題は「やっているかどうか」ではなく「頭を使っているかどうか」です。

