「今の若者は叱られたことがないから打たれ弱い」という意見を、ネット上でもテレビでも見かけることがあります。
確かに、一見それはもっともらしく聞こえます。しかし、塾の現場で長年子どもたちを見てきた立場から申し上げると、問題の核心は「叱られた回数」ではありません。
本当に足りていないのは、「否定された経験」ではないかと思うのです。
ここで言う「否定」とは、人格を攻撃することではありません。自分の考えや行動が間違っていたとき、それを他者から指摘されること。あるいは、自分自身で「これではだめだ」と認めること。
この二つの経験が、子どもの成長において決定的に重要な意味を持ちます。
他者から間違いを指摘されるのは、誰にとっても苦しいことです。大人でもそうです。しかし、その苦しさを通り抜けた先にしか到達できない場所があります。
自分の答案の間違いを素直に受け止められる生徒と、指摘を受け流してしまう生徒では、同じ授業を受けていても伸び方がまったく違います。
同様に、自己否定も成長には欠かせません。「自分はまだまだだ」と認められる人は、改善の方向に向かうことができます。
逆に、自分を否定することを避け続ける人は、現状の外に出るきっかけを持てません。自己肯定感が大切だという議論は広く知られていますが、自己肯定と自己否定は相反するものではなく、どちらも必要なものです。
自分を正しく見つめるとは、良いところを認めることと足りないところを認めることの両方を含むからです。
こう書くと、「否定ばかりされて育った子は成長できないのでは」という反論が出てきます。それ
はまったくその通りです。ただし、そこで思考を止めてはいけません。
世の中には、なんでもかんでも否定する人がいます。
自分の気分次第で物事の良し悪しを決める人がいます。
偏った価値観に固執し、それに合わないものをすべて否定する人がいます。
こういう人が親になると、子どもの言動すべてにケチをつけるようになります。
子どもの意見を聞く前に否定し、努力を認めず、結果だけを見て詰める。これは「否定」ではなく、ただの支配です。
問題は、否定という行為そのものにあるのではありません。否定の仕方、つまりその中身と質にあります。
「否定はよくない」と一括りにしてしまうと、必要な指摘までもが消えてしまいます。
何でも「そればかり」が問題なのであって、否定そのものが悪いのではありません。正しく否定し、正しく受け止める。その経験が、子どもの中に本当の強さを育てます。
大切なのは、否定を恐れることではなく、否定の使い方を間違えないことです。
保護者の方には、「叱るかどうか」という二択ではなく、「何を、どう伝えるか」という視点でお子さまと向き合っていただければと思います。
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