那須塩原市西那須野の高校受験・大学受験塾 本松学習塾塾長のブログ
教科書の内容が年々難しくなり、覚えるべき事項も増え続けています。一方で、その子どもたちを教える教師や育てる親の多くが、「ゆとり教育」を受けた世代になってきました。この事実が、現在の教育現場に奇妙なねじれを生んでいます。
問題の本質は、「これくらいはやらせないといけない」という「これくらい」の感覚そのものが、世代間で大きく異なっているということです。
ゆとり教育が導入された背景には、詰め込み教育への反省と、過熱する受験戦争がもたらすとされた校内暴力などの問題がありました。
その結果、子どもにストレスを与えそうなものは次々と排除されていきました。競争は悪、努力の強制は抑圧、差をつけることは不平等──そんな価値観が教育現場を覆っていきました。
 
運動会では順位をつけず、通知表から相対評価が消え、「頑張ったこと」だけが評価されるようになりました。
テストで100点を取っても50点を取っても、「よく頑張ったね」と同じように褒められる。そんな教育を受け、その空気を吸って育った人々が親になり、同じ価値観で子育てを始めようとしたとき、教育の「方針」は正反対に変わっていました。これが現在直面している構造的な問題なのです。
 
塾で保護者面談をしていると、この断絶を肌で感じる瞬間があります。最近ではいらっしゃいませんが、昔「うちの子、毎日30分も勉強してるんですけど、成績が上がらないんです」と真剣に相談されたことがあります。
30分という時間が「頑張っている」基準になっているのです。あるいは、「宿題をやらせるのがかわいそうで」「本人がやりたくないと言っているので」という言葉も面談で言われたことがあります。
私が子どもだった頃、夕食後に居間のテーブルで宿題をするのは当たり前でした。
親は横で家計簿をつけたり新聞を読んだりしながら、「ちゃんとやってるか」と目を光らせていました。
近所の大人も「勉強してるか」「学校の先生の言うことをよく聞くんだぞ」と声をかけてきました。当時でさえ「今の子どもが駄目なのは大人や親が駄目だからだ」という自己批判がありましたが、今やそんな声は聞かれません。
 
代わりに、学校ばかりが責められます。「学校の教え方が悪い」「先生の質が落ちた」「もっと個別に対応すべきだ」。
確かに学校にも課題はあるでしょう。しかし、週5日、1日数時間の授業だけで、家庭での学習習慣がゼロの子どもを伸ばすのは、どんな名教師でも不可能です。
 
ここで考えるべきは、誰が悪いかではありません。学校も、社会も、親も、そして私たち塾も含めた教育に関わるすべての大人が、意識を変えていく必要があります。
 
家庭では、学習習慣の基盤を作る。「勉強しなさい」と言うのではなく、親自身が本を読み、学ぶ姿を見せる。学校では、基礎学力の定着と社会性の育成に注力する。地域社会では、子どもたちが健全に育つ環境を整える。そして塾では、学校の補完と、学ぶことの面白さを伝える。
 
それぞれが「自分の役割」を果たすこと。誰かのせいにするのではなく、「自分に何ができるか」を問い続けること。これが、今の教育に最も必要な視点ではないでしょうか。
 
ゆとり教育を受けた世代が悪いわけではありません。その時代の価値観で育てられただけです。
しかし、時代が変わったなら、私たち大人も変わらなければなりません。子どもに求める前に、まず大人が変わる。それが、次の世代への責任なのだと思います。


